本 秀紀・名古屋大学教授の「違憲立法」批判の論稿

本 秀紀・名古屋大学教授(愛知憲法会議事務局長)が、愛知憲法会議の機関紙「 愛知憲法通信 」506号(2015年 6月号)に、以下の論稿を公表しました。

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違憲立法を阻止するのは誰か?──日本を「戦争する国」にさせないために──

 

国会で「戦争法案」の審議が始まった。6月4日の衆議院憲法審査会で、参考人として招かれた3名の憲法学者全員が、自民党推薦の参考人も含め、集団的自衛権の行使を違憲と言明して以来、同法案の違憲性がクローズアップされている。前日に発表された「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」は、その後賛同者が増え続け、6月17日現在、231名の憲法学者が賛同しており、「報道ステーション」が実施した憲法学者を対象とするアンケートでは、同法案について「違憲」が127名、「違憲の疑いあり」が19名、「合憲」が3名であった(6月15日放送)。「合憲説の著名な憲法学者はたくさんいる」と強弁した菅官房長官は、「それでは名前を挙げてみろ」と聞かれて3名しか答えられず、「数が問題ではない」と開き直ったが、その通り、問題は数ではない。他の論点では見解が様々に分かれる憲法学者が、なぜこれほどまでに一致して違憲と考えるのか、ここがポイントである。答えは簡単で、専門家から見れば、「戦争法案」の規定する集団的自衛権の行使容認を「合憲」とする解釈は、日本国憲法からはどうにも導き出しようがないからである。

周知のように、憲法9条2項は戦力の保持を禁じているのだから、そもそも自衛隊という軍事組織は憲法上正当化されえず、普通に考えれば違憲である。これを何とか「合憲」とするために、自民党政府は、「自衛のための必要最小限度の実力」は「戦力」に当たらないから違憲ではないとする屁理屈を編み出した。したがって、自衛隊は「自衛のための必要最小限度の実力」にふさわしい範囲でしか武力を行使することができない。だからこそ、歴代政府は、自国が攻撃されたわけでもないのに海外に出かけて行って他国の防衛(=「他衛」)にあたる集団的自衛権の行使は、「自衛のための必要最小限度」を超えるから違憲と解してきたのである。

それなのに、安倍政権は、集団的自衛権の行使も合憲だと「解釈」を変更した。「他衛」まで認めてしまったら、従来の「自衛のための必要最小限度」の範囲を越えてしまうばかりか、憲法9条2項の下でギリギリ「合憲」とされてきた「自衛隊」の存立根拠まで揺るがしかねない(自衛隊の「存立危機事態」!?)。これを「合憲」とするためには、屁理屈の上にさらにもう一つ、屁理屈を重ねる以外にないのである。そこで持ち出されたのが、1959年の砂川事件最高裁判決と、1972年の政府見解であり、国会審議で追い詰められて安倍首相がオウムのように繰り返す「合憲」論の根拠は、この二つしかない。

砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権の行使を合憲とする根拠になりえないことは、あちこちで指摘されている通りである*。横畠内閣法制局長官も衆議院特別委員会で認めたように(6月10日)、同判決は集団的自衛権にまったく触れていないし(問題になっていなかったのだから当たり前)、その後も政府は、集団的自衛権行使が憲法上認められないことを繰り返し述べてきた。最高裁が合憲としたものを政府が違憲と言い続けたとでも言うのだろうか。

1972年の政府見解も、結論は、集団的自衛権の行使は違憲であると断じている。その「論理」を使って結論だけ反対にするのはいかにも苦しい。新たな「解釈」では、国際情勢が変化したから「自衛のための必要最小限度」の実力行使に、「限定的」な集団的自衛権の行使も含まれるようになったと説明されている。安倍内閣は、状況が変わっただけで基本的論理は変わっていないと主張するが、ここには論理のすり替えがある。これまでの「自衛」は、日本が攻撃を受けた際の反撃(個別的自衛権の行使)を意味したが、新「解釈」は「自衛」観念を拡張して、日本の「存立危機」に他国を攻撃する「他衛」までも含めた。「自衛のための必要最小限度」の「自衛」が、個別的自衛権の行使という法的・具体的・限定的なものから、日本の存立が脅かされるという抽象的で何でも入れられる器へと衣替えされているのである。

ことほど左様に、集団的自衛権行使を「合憲」と言い張る二つの「論理」は、聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいハチャメチャで、こんなものにすがらざるをえないほど、「戦争法案」は憲法から見て無理筋というほかない。安倍首相が国会答弁で右往左往しているのは、彼の理解力が足りないせいばかりではない。

かくして、論理破綻があらわとなり、国会審議で追い詰められた安倍政権に残された唯一の武器は、数の力である。議論でいかに劣勢でも、強行採決に持ち込めば最後は勝てるともくろんでいるにちがいない。これを阻止することができるのは、最高裁でも憲法学者でもない。広範な国民の反対の声が国会を取り囲み、票を投ずる議員に対して次の選挙のことを不安にさせたときに初めて、「戦争法案」を葬り去ることができるだろう。

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