7月11日の記者会見での渡辺洋・神戸学院大学教授の発言

私たち憲法研究者有志が今月11日に、「安保法制」反対活動を、サイトを開設し全国出前講師団を立ち上げるなどして積極的に展開することを記者会見で発表することについては、すでにお知らせしました。

全国の憲法研究者有志の「安保法制」反対活動の記者会見も明日(7月11日)

 

その記者会見において複数の憲法研究者が発言しましたが、以下では、そのなかの一人、渡辺洋・神戸学院大学法学部教授の発言を紹介いたします(ただし、加筆修正を行っています)。

150711-10

 

2015.7.11. 憲法研究者有志記者発表@専修大学 でのコメント原稿(加筆修正版)

渡 辺 洋(神戸学院大学)

研究者は芸能人でも政治家でもありません。たしかに研究者は、日常、勤め先や講演先などで、時に数百人にも及ぶ学生や市民の方々を前にお話をすることはありますが、このように、ひじょうに限られた時間で、不特定多数のみなさんの人心をつかむような、気の利いたワンフレーズを繰り出すことには、通常、長けていません。もちろん研究者にも様々な考え方やスタイルをお持ちの方々がいらっしゃるので、一般化は厳に慎まなければなりませんが、自分の意図を、受け手の誤解や、時に悪意の曲解を招くことのないよう、正確に伝えようとしたら、論文や講演、講義という、語り手にも受け手にもまことに手間暇忍耐を必要とする昔ながらの発信手段を用いるほうが、今でもより似つかわしいのではないかと思います。

それでも、このたびの「安保法案」に対する私の立場を、結論だけ、一言で述べようとしたら、次のようなありきたりなものになってしまいます。

“それは本質的に違憲です。政府与党は直ちに撤回してください。さもなくば、国会は廃案にしてください。そして、今後も二度とこのような立法の企てはしないでください。”

しいて言い添えれば、“本質的に”とは、憲法9条の下では、いわゆる個別的自衛権も自衛隊も認められないという、今日(こんにち)、人によっては正気を疑うかもしれないような、私の立場を前提としています。

私はなぜそう考えるのかを説明することは、やはりこの場ではもはや困難です。ただそれは、今でも憲法学界内では有力な考え方であるはずであり、私も、日米安全保障条約の締結と警察予備隊、保安隊、自衛隊の発足後今日に至るまで倦むことなく説かれ続けてきた先達の教えに多くを依拠しています。

憲法研究者といっても、憲法9条の研究を専門としない私から、このたびの「安保法案」に対して結論的にいえることは、高々この程度のことでしかありません。そもそも個別的自衛権と自衛隊を違憲と考える以上、いわゆる集団的自衛権の行使を認め、自衛隊の活動をさらに異次元のレベルまで拡張しようとするこのたびの法案は、したがって、いくら精緻な与党協議や国会審議が何十時間にわたって繰り広げられたとしても、最初から正当化する余地はないことになります。

このような態度は、書斎にこもって浮世離れした夢想にふける類の学者ならいざ知らず、法律家、法学者としてはいただけないものかもしれません。いやしくも法律家、法学者なのであれば、いくら結論においてまったく承服しかねる判決であっても丹念に読み込んで、その法実務への意義を考察するように、やはり有権解釈の一つである政府の憲法解釈に基づく法案についても、同様に、丹念に向き合うより生産的な姿勢が求められるのかもしれません。

そもそも、憲法9条の研究を専門としない者が、このたびの「安保法案」に対して、このような場に顔を出して、何か発言する資格を持つのか、という疑問も、当然にありうるでしょう。

それでも、私は、このたびの法案に対し、このよう形であったとしても、発言せざるをえません。その理由を、やはり無理を承知で一言で述べるとしたら、憲法9条の中身の問題はこれまでお話してきたようにもちろんのこと、今、現政権によって、一国の憲法と名の付くルールが憲法であることの意義が、根本的に踏みにじられ、唾棄されようとしているからです。

誰もが心から心服してそのルールを遵守している社会に、そのルールはもはや不要なのかもしれません。法律であれ何であれ、ルールがルールとして機能せざるをえない場面は、そのルールを破る人が現れたときでしょう。ルール違反者をルールづけるには、ルールの遵守を強制する力が働かなければなりません。

もっとも、ひょっとしたら、その人はこう言うかもしれません。“私は決してルール違反なんかしていません。私の言動は、かくかくしかじかの理由で、ルールの範囲内です。”とすれば、この人がたしかにルールに違反したということを、この人本人ではなく、またこの人に何らかの利害得喪を持つ人でもない、公平公正な立場にある人が判断するという仕組みが、この人にルールを守るよう強制力を加える前に、必要となってくるでしょう。

すでにお分かりのように、憲法の場合、自分のことを「最高法規」と言いながら(98条)、今述べたような仕組みも強制力も、極端な場合には必ずしも有効に機能しない可能性があります。極端な場合とは、例えば、“私はこんな憲法など憲法とも思わない、こんな憲法はそもそも生まれにおいて正統性がないし、内容においても甚だしく間違っている。だから、私はこんな憲法など守る気もない。”といった強い信念を抱く人が、こともあろうにその憲法の定めた手続きに則って国家権力を担当する立場に就き、本気で遠慮会釈なくやりたい放題やり始めたときです。そしてそれでも、“私のやっていることは憲法の範囲内だ”と言い張ったら、どうしたらよいのでしょうか。

憲法上、憲法の番人に指名された(最高)裁判所は、訴えが無ければ、自分からは進んで動くことができない機関であると解されています。そして、仮に訴えが提起され、裁判を通じて裁判所が何らかの憲法判断を示す機会に恵まれたとしても、例えば、議員定数の不均衡が争われた裁判ではどうだったか、ご存じの通り、そこでは、これまで数々の裁判所が違憲状態と言い、中にははっきり違憲と言う裁判所も現れているのに、国会では今日に至るまで抜本的な是正策を打ち出せないままという有様です。としたら、憲法というルールは、一番憲法によって縛られなければならない国家権力の担当者の一存で、結局はどうにでもなってしまうものなのでしょうか。それでは、ルールとしての意味は無いというほかありません。それでは、憲法というルールで、何よりも強大で時に戦争にさえ訴え出ることも辞さない国家権力の濫用を、何とか防ぎ止めようとする立憲主義の試みは、ナンセンスになってしまいます。

抽象的になってしまいましたが、9条の専門研究者ではない私の研究者としての主な関心は、大体この辺りにありました。ですから、そのような立場からしても、このたびの「安保法案」とそれをめぐる政治の動きは、重大な関心事に、いや、この国の戦後史で最大の転換点とさえ言えるものではないかと考えられるのです。

一般論として、ルールがどうしても不都合なら、主権者であり憲法改正権者でもある国民が憲法9条ではどうしても私たちの安全は守れないと言うのなら、変えれば良いでしょう。私が述べたいのは、“不都合だから目障りなルールは踏み倒せ”、口先とは裏腹に、まともな説明もしようとせずそれと同様なことが、最も強い権力を持つ人たちによって公然と行われても一向に構わないような社会のあり方を、絶対に見逃すわけにはいかない、ということです。そのような社会で割を食うのは、結局は弱い立場にある人々です。そのような不公正な社会を将来の世代に引き渡さないためにも、何とか踏みとどまらなければならない瀬戸際に居合わせているのだと、一憲法研究者として強く肝に銘じたいと思います。

このような場でまことに芸がありませんが、あらかじめ用意した原稿の一部を読み上げさせていただきました。自慢にも何もなりませんが、こんなことは、学会報告の時でさえやったことがありません。先日7月3日の国会正門前リレートークでちっともうまく話せなかったので、つくづく懲りまして、今日は、柄にもなく原稿を用意しようと、新幹線の中で慌ててしたためてきたしだいです。

やはり、芸人のように気の利いたワンフレーズで人心をつかむタレントに恵まれない類の研究者には、それ相応の時間や発信の仕方が必要なようです。今回の「出前講師団」は、そのような必要に応えるものにもなるでしょう。

 

(付記)

この文章は、2015年7月11日に専修大学で行われた憲法研究者の有志による記者発表において、各出席者のコメントに際し、筆者があらかじめ用意していた文章に加筆修正を施したものです。当日実際に用いることができたのは、時間の都合から4と5の部分だけで、6に当たる部分は、用意した文章には無かった即興の発言を、後日思い返してなるべく忠実に文章化したものです。また、それ以外にも、ごく一部、当日の即興的な発言を後日再現して加筆したりしています。忠実と言っても、必ずしもそっくりそのままではなくて、未練がましく後から付け加えて、お話の趣旨がより通るよう格好をつけているところもありますが、この点は、不特定多数の方々のお目に触れる文章になりますので、どうかご容赦ください。

いずれにしましても、後から加筆修正をしたとはいえ、あくまで記者発表の場で一般の方々に向けてお話をしたという体裁を維持したかったので、付注など、専門研究者の批判的吟味に耐えられるような専門的・技術的な加筆修正はあえて一切しなかったという点は、どうかご理解ください。

 

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