岡田健一郎・高知大学准教授「『永遠のゼロ』は「平和主義」的か」

岡田健一郎・高知大学准教授、『全大教新聞』(2015年6月10日号)の「論壇」欄に掲載された「『永遠のゼロ』は「平和主義」的か」を提供してくださいました。

岡田・准教授は、先般の高知市における衆院憲法審査会での意見陳述で、安保法案の違憲性を指摘したことでも話題になりました。

日本の市民にとって平和主義とはどのようなものなのかについて、今一度考えさせられる内容です。

是非、お読みください。


 

『永遠のゼロ』は「平和主義」的か

 

高知大学人文学部教員 岡田健一郎

 

先日、百田尚樹氏の小説『永遠の0(ゼロ)』を読んだ。百田氏は憲法九条の改正を主張したり、日本の戦争責任を否定するような発言を繰り返していることで知られている。私が本書を読もうと思ったのは「この本は平和の大切さを伝えてくれる」という旨の感想をしばしば耳にしたためだ。百田氏のような人物の小説が平和の大切さを説くというのは一見奇妙に思える。とはいえ文学の観点から本書を評価をする能力は私にない。したがって本稿は一読者の感想文としてお読み頂きたい。

本書のストーリーは、特攻隊として出撃・戦死した旧日本軍パイロットの孫が、戦友たちに祖父の話を聞いて回るというものである。そこで中心的な位置を占める二つの存在が旧日本軍の「兵士」と「司令官」たちであり、前者は「被害者」、後者は「加害者」と位置づけられている。すなわち、日本兵は特攻隊をはじめとする無謀な作戦を強制された「被害者」であり、他方、無謀な作戦を指揮した司令官たちは「加害者」であるとされる。一方、米軍に対する評価は興味深い。日本兵にとって米兵は敵のはずであるが、本書ではあまり悪くは書かれていない。むしろ日本のゼロ戦パイロットを評価し、お互いの戦場での「健闘」を称え合う姿が強調されている。また、日本軍が兵士の命を軽んじたのに比べ、米軍は米兵の犠牲を最小限にしようとした、と高く評価されている。

きっと、少なからぬ読者は本書を読み、多くの日本兵が無謀な戦争によって亡くなったことを悲しむ一方で、日本軍の司令官たちに対しては怒りを抱くだろう。そして「二度と戦争をしてはならない」と強く感じるのではないだろうか。だから「本書は平和の大切さを伝えてくれる」という感想は自然といえる。だが、そこに中国や朝鮮、東南アジアなど、日本の侵略による犠牲者の姿はない。主人公の祖父は米軍のみならず中国の戦闘機とも戦っているが、米軍のパイロットが何度も登場して「人間的」な姿が描かれているのに対し、中国のパイロットは全く出てこない。ただし、そもそも本書は日本とアメリカの戦いに焦点を当てているので中国兵の不在は「無いものねだり」ともいえる。

だがこの「不在」は、本書のみならず戦後日本における「平和主義」の一つの特徴だと私は考えている。確かに日本兵は日本政府や司令官たちとの関係では「被害者」といえる。他方、アジアの人々との関係では日本兵は「加害者」であるが、この側面は往々にして人々の意識から抜け落ちがちである。その理由としては、冷戦下、日本がアジア・太平洋地域における戦争責任に正面から向き合わずに済んできてしまったことが挙げられよう。それが1980年代以降、従軍慰安婦や強制連行の被害者たちの告発が本格化するにつれ、それに反発しているのが今の日本の状況ではないだろうか。このように日本の兵士や市民を「被害者」と位置づけ、「もう戦争はたくさんだ」とする意識は、60年安保問題などの際に「アメリカの戦争に巻きこまれたくない」という形で現れたように思われる。その結果、日本は自衛隊を持つものの、その活動を「専守防衛」に封じ込めることになった。

だが、このような状況は揺らぎつつある。まず、戦争経験者の減少により「被害者」意識自体が薄れつつある。また、従来のような一方的な「被害者」意識のままでは、日本の兵士や市民に被害が出ない(出にくい)戦争にまで反対することは難しいように思われる。現在アメリカが進めているのは、無人攻撃機などによって一方的に敵を殺戮する戦争だ。本書は、米軍が米兵の被害を最小限にしようとしたと賞賛しているが、無人攻撃機はその究極の形といえる。集団的自衛権などで可能になるのは、恐らくそういう戦争であろう。「自分たちが殺されたくない」という意識だけでは、そのような戦争に反対を貫くことは困難ではないだろうか。その意味で本書は、日本の市民が「被害者」のみならず「加害者」でもあった自分たちに向き合うことができるのか、という重い課題を突きつけているように思われる。

 

岡田健一郎「『永遠のゼロ』は「平和主義」的か」『全大教新聞』(2015年6月10日号)「論壇」欄より転載


 

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