最上敏樹・早稲田大学教授「国際法は錦の御旗か」

最上敏樹・早稲田大学教授の論考が、岩波書店の雑誌『世界』9月号に掲載されています。

その概要をご紹介いたします。

 

・「国際法は錦の御旗ではない」『世界』2015年9月号(岩波書店)62-70頁。

 

7月15日に衆議院特別委員会で強行採決され、翌16日に本会議を通過した「安保法案」について、安倍首相は「憲法学者には反対が多いかもしれないが国際法学者には賛成の人が多いのではないか」という趣旨の発言をしました。政府答弁においても、「集団的自権は国際法上の権利なのだから……」という弁証の仕方で、安保法案が正当化されることが何度かありました。こうした「国際法」を錦の御旗として掲げる主張に対し、最上教授は国際法学の視点から鋭い批判を加えています。

そもそも、集団的自衛権という「権利」は、国際法学においてとりわけ重要な論題とされてきたわけではありませんでした。まず最上教授は、「集団的自衛権が同盟条約に記載された事例は多くなく、武力行使に際して集団的自衛権が正当化事由として援用された事例もそう多くはない」ことを指摘します。また、集団的自衛権の定義や行使要件は国連憲章にも一切書かれておらず、その意味内容は不明確で、適用のされ方も非常に不統一であるとしています。

集団的自衛権が援用された具体的な事例としては、米国によるヴェトナム戦争やアフガニスタンへの武力行使、ソ連その他によるハンガリー、チェコスロヴァキア、アフガニスタンへの武力行使などが挙げられます。このリストから分かるように、多くの場合、集団的自衛権は米ソとその同盟国という≪多戦争国家≫によって行使されてきました。しかも、これらの事例の多くは、「違法な武力行使に対して被害国とその友邦が共同防衛した」だけの事例ではありません。集団的自衛権は、内政干渉や自由化弾圧といった別の動機の「隠れミノ」として援用されたのです。さらに、米国によるニカラグアへの武力行使では、自衛権を行使するためには必須の要素であるはずの、相手方からの「武力攻撃」があったかどうかさえも曖昧でしたが、米国は集団的自衛権によってこれを正当化しようとしました。

このように、内容においても援用のされ方においても曖昧な「権利」である集団的自衛権は、いつでも乱用されうるものであり、「先制的自衛」のために使われる危険を常に伴うものです。衆議院での答弁で安倍首相は、集団的自衛権が行使できる状況について、「邦人輸送中やミサイル警戒中の米艦が攻撃される明白な危機がある段階で認定可能」と述べました。それは、今回の安保法案も「先制的自衛」のために用いられる恐れがあるということを意味します。この点において、最上教授は、この法案に国内法上の違憲性の問題だけでなく、国際法上の違法性の問題もあると警告しています。

そして最上教授は、国際法を錦の御旗として掲げ、集団的自衛権の行使を国際法上の義務であるとする主張の誤りを指摘するだけでなく、「国際法秩序にとってより望ましい形とは何か」という問いを投げかけています。むやみに集団的自衛権の行使を推進することが、本当に国際社会への貢献になるのでしょうか。今回の安保法案は、国連憲章1条に掲げられた平和で人権の保障された世界を実現するために、適切なものと言えるのでしょうか。こうした観点からも、この法案の正当性は厳しく問われなければならないのです。
岩波書店「世界」HP9月号

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