稲 正樹・国際基督教大学客員教授「安保法案=戦争法案の強行採決を迎えて」(法学館憲法研究所の「今週の一言」)

法学館憲法研究所の「今週の一言」に。

稲 正樹さん(国際基督教大学客員教授)「安保法案=戦争法案の強行採決を迎えて」(2015年9月21日)

が掲載されました

http://www.jicl.jp/hitokoto/index.html

 

転載の承諾を得られましたので、この論説は、以下、転載いたします。

 

安保法案=戦争法案の成立を迎えて

 稲 正樹

 9月17日の参議院特別委員会における総括質疑なしの強行「採決」を経て、9月19日未明には参議院本会議で安保法案=戦争法案が可決・成立してしまいました。特別委員会の議事の速記録(未定稿)でも「議場騒然、聴取不能」なのに、どうして「採決動議、法案2本、付帯決議、委員会報告の5つを採決した」といえるのでしょうか。「特別委員会での安保関連法案の議決の不存在確認および審議の再開を求める弁護士有志声明[1]」の言う通り、法的に議決が存在したと言うことができないと思います。参議院では何度も、討論時間を10分に制限する動議を賛成多数で決議したと報じられました。討論を封殺するのは議会制の終わりではないでしょうか。「明らかに憲法違反の法律を力づくで成立させ、議会制と国民主権を踏みにじる現政権は憲法尊重擁護の義務を規定する憲法99条に違反しており、政府という名に値し」ない[2]と思います。

思えば、圧倒的多数の憲法研究者による違憲性の指摘、多くの元裁判官たち、元最高裁長官、元内閣法制局長官の同様の指摘、全国各地の大学と学会横断的な多数の声明、SEALDsをはじめとする老若男女からなる国民の圧倒的な廃案要求の声に耳を傾けず、安保法案=戦争法案の成立に向けてひた走った現政権は、議会内多数派のみに依拠した専制主義、国会の向こうにいる国民の声に一切耳を傾けない独裁政治の道に転落しました[3]。この国の前途を心底憂え、安保法案=戦争法案の廃案・撤回を求める国民の圧倒的世論を無視し、国民世論に敵対し、立憲主義と法の支配を踏みにじって暴走した現政権と与党に対しては、真に恐るべきものは主権者・国民の政治的審判であることを知らしめなければなりません。

非常に逆説的であり、歴史の狡知かもしれませんが、憲法を踏みにじって「いつでも、どこでも、切れ目なく」自衛隊を世界の戦場に送るために戦争法案の成立に突き進んだ安倍政権の非立憲の振舞い方を目の当たりにし、憲法的秩序を踏みにじる専制政治に直面して、私たち国民の中に、日本国憲法を国民の手に取り戻そう。いまこそ、主権者である国民の出番である[4]という意識が徐々に芽生え、確信になり、そして広く伝播していく契機が生まれてきたことを実感しています。

9月15日の中央公聴会でSEALDsの奥田愛基さんは、ひとりひとり個人として、声をあげているのは「不断の努力なくして、この国の憲法や民主主義、それらが機能しないことを自覚しているからです」「私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること、私たちが政治について考え、声を上げることは当たり前なのだということ。そう考えています」。デモや集会といった「行動の積み重ねが、基本的人権の尊重、平和主義、国民主権といった、この国の憲法の理念を体現するものだと、私は信じています」と述べていました。

「学び、働き、食べて、寝て、そしてまた、路上で声を上げる」一つ一つの行動が、憲法の理念を体現するという彼の言葉[5]は、これまでの「○○の権利が憲法にあるよね。それを覚えよう」という条文中心の誤った憲法教育ではなくて、憲法の基本原理は人びとの日常的な戦いと不断の努力なくして実現できないのだというまっとうな真理を私たちに思い出させてくれました[6]

このような主権者意識の覚醒は、深くそして広くこの国の民主主義のあり方を根本的に変えていくと思います。全国津々浦々で安保法案=戦争法案廃案の戦いを進めてきた私たちは、法案成立を越えて、国民主権という憲法原理を輝かしい確固としたものにしていくことを確信します。

上智大学の高見勝利氏は、7・1決定における幸福追求権の援用は憲法論として無理があることを指摘した論文[7]の最後でこう述べています。「かりに同法案(安保法案のこと)が何らかの形で可決・成立したとしても、同法の適用を封ずる道が開かれるはずである。7.1決定にも拘わらず、憲法9条は、国民の間で法規範としてはなお権力を拘束する意味を持ち続けているからだ。そのことは、世論が、かかる『違憲』法律をいわば塩漬けにし、その適用を絶対に許さないことにおいて示されよう」と。

この提案に応えて、安保法案=戦争法案が成立した今日から、直ちに「違憲」法律を塩漬けにすべく、創意工夫にあふれた市民の運動を開始しましょう。違憲の特定秘密保護法の廃案を求める運動を続けていきましょう。非立憲の政権の速やかな退陣を求める運動を粘り強く力強く進めていきましょう。統治行為論の発動を許さず、全国の裁判所において、安保法制の憲法9条違反、平和的生存権違反、憲法尊重擁護義務違反の差止請求訴訟、違憲確認訴訟、損賠賠償請求訴訟を提訴していきましょう。戦後70年の2015年9月19日を後世から見たとき、あの時が「平和国家」「福祉国家」「道義国家」への転換のときであったと振り返ることができるようにしましょう。日本国憲法の基本理念に立脚した「平和国家」「福祉国家」「道義国家」の実現には、もちろんこの困難な課題を実現していく新たな政治勢力の結集が必要です[8]

当たり前のことですが、日本国憲法のテキストは一字一句も変わっていません[9]。平和的生存権、戦争・武力による威嚇・武力の行使の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めている日本国憲法には、憲法変遷などは生じていません。インチキな「積極的平和主義」という言葉の欺瞞性を明らかにし、真実の「積極的平和」の憲法政策を力強く具体化していきましょう[10]

2015年1月末に急逝された奥平康弘先生は、「戦後日本ではこれまで、平和主義は、自由人権主義および民主主義とともに、憲法における3本の柱のひとつにおかれてきた。非武装で、海外に派兵せず、武器は使用させないといった建前のゆえに、日本では平和憲法あるいは平和主義憲法という呼び名が自然にそして広く行き渡っている。かかるものとしての平和主義は人々の間に通用して人気があるから、社会支配層はなんとか人気を保持しようと意図して『積極的』という人をまどわす形容詞をつけているのである。我々はこの程度の仕業で騙されはしない、ということを世界の人々に行動をもって示そうではないか。そうすることによって日本国憲法が、現代の混迷に満ちたアジア・世界のありようにある種独特な役割を果たしうることを検証しようではないか」という言葉を遺されました[11]。奥平先生は21年前の1994年には、平和憲法物語を、いままでとちがってもっと広い世界で、奥ゆきのあるもの・積極的なものへと発展させ、これを本当に「いい物語」へと仕立ててゆく恰好の転機にある、と考えるべきだと指摘されていました[12]。それは千葉眞氏の言う「未完の憲法革命」を、世代を超えたプロジェクトとして進めていくという課題にほかなりません[13]

自由法曹団のリーフレット[14]では、平和な世界を創るために私たちにできることをこう提言しています。「子供たちの未来と地球を守ろう―核兵器の廃絶と残虐兵器の根絶をすすめよう」、「なくそう格差・貧困―国際貢献としての貧困の根絶、医療支援、災害復興支援を広げよう」、「深めよう対話と理解―確かな歴史の認識を、アジア周辺諸国との相互理解を深めよう」、「広げよう平和のつながり―軍事同盟から離脱し、アジアに平和の共同体を形成しよう」。いずれも真剣な検討によって実現したい項目ばかりです。

旧約聖書のイザヤ書2章4節では、「終末の平和」の預言が述べられています。「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」。昨今の国会で語られてきた「継ぎ目のない安全保障」「抑止力の強化」「日米両国のグローバルな軍地同盟」という荒廃した軍事万能思想は、イザヤの預言からいかに離れたところにあるのかを思います。終末的に待望される全世界の平和を実現するための道具として、私たちの静かな、冷静でかつ忍耐強い「平和のための戦い」を、いまからこの地で始めていきましょう。

[1]http://blog.goo.ne.jp/koube-69/e/1f6f1a8df0dfb1255b9900f42cdd8173 2015年9月20日閲覧。

[2] 日本カトリック正義と平和協議会抗議声明。http://www.jccjp.org/jccjp/home_files/2015.9.19%20statement.pdf 2015年9月20日閲覧。

[3] 石川健治「集団的自衛権というホトトギスの卵―『非立憲』政権によるクーデターが起きた」(世界2015年8月号)は、立憲主義と専制主義の対決という構図の中で、最後は政府が強行採決という無理押しをするかもしれないが、「理」はこちら側にあると指摘しています。

[4] 杉原泰雄『憲法読本・第4版』岩波ジュニア新書、2014年。

[5] http://www.bengo4.com/internet/n_3690/による。2015年9月16日閲覧。

[6] 播磨信義「これまでの憲法教育の問題点」播磨信義・上脇博之・木下智史・渡辺洋(編著)『新・どうなっている!?日本国憲法〔第2版〕』法律文化社、2009年所収。

[7] 高見勝利「集団的自衛権『限定行使』の虚実―『保護法益』の視点から」世界2015年9月号。

[8] 中野晃一『右傾化する日本政治』(岩波新書、2015年)は、リベラル左派連合再興のための基礎条件として、①小選挙区制の廃止、②新自由主義との訣別、③同一性に基づく団結から他者性を前提とした連帯へ、を挙げています。重要な指摘です。

[9] 2015年3月18日に立命館大学国際関係学部で行われた第6回平和主義研究会におけるウォシュバーン大学のクレイグ・マーティン教授の基調報告 (Craig Martin, “Art. 9 at a Cross Roads: Past, Present, and Future of Japan’s Peace Constitution”) によって、憲法典は一字一句も変えられておらず、立憲主義に反する一内閣の決定は無意味であることを改めて学びました。

[10] ヨハン・ガルトゥング「インタビュ―『積極的平和』の真意―軍事同盟は不要、北東アジア共同体創設に向け協力を」朝日新聞2015年8月26日をぜひ参照ください。

[11] 奥平康弘「はじめに―平和主義を勝ち抜こう」奥平康弘・山口二郎(編)『集団的自衛権の何が問題か―解釈改憲批判』岩波書店、2014年。

[12] 奥平康弘『いかそう日本国憲法』岩波ジュニア新書、1994年。

[13] 千葉眞『「未完の革命」としての平和憲法』岩波書店、2009年。

[14] 自由法曹団「平和な戦後が終わる・安倍政権の戦争法制づくり・戦争で平和が創れますか?」2015年5月。

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